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小説家の道を挫折しても再起できた理由

目安時間 15分
小説執筆

小説家になるという夢を高校生の時に一度諦めてしまいました。
しかし、33歳である現在再起をしています。

 

高校時代に挫折をして以降は小説を読むことは継続していましたが、小説家になるという事からは避けるようになっていました。

 

避けている状況だったのに、どうして30歳を超えてから再度小説家を目指すようになったのか?
再度目指すにあたって小説家という事に対してどのような心境の変化があったのか?

 

上記のような事をこの記事では綴っています。

 

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再起できた理由は?

高校時代に挫折してから早15年小説を書くということから意識的にも離れていました。
それでも小説は読んでいて、気になった著者の年齢を見て僕より若い人が…と思いながらも生活していました。

 

そんな生活をしていましたが、退職をした後に起こった出来事で再起する事ができました。

立ち上がる

 

久しぶりに小説を読んだ

退職したので、意気揚々と小説活動を!とはなりませんでした。
いずれお金が貯まったら退職をする事を考えていましたが、今のタイミングは予定外だったので…

幸い貯金が多少ありましたので、今すぐに何かしないと生きていけない!という事ではないのが救いです。

 

お金が直ぐに尽きないと言っても1年ぐらいがリミットなので、貯金が尽きるまでにお金を得る方法を考えないといけません。

退職後の二ヶ月程はお金を得る方法を考えいくつかの事に手を出していました。

 

そう二ヶ月の間、基本的にはあまり外に出ずPCの前に座っていました、食事はあまり変えずに…。

当然ながら、ウェストとか顔とかに膨張現象が発生し…このままだと着る服に支障が出ると感じました。
その解決法として以前使っていたエアロバイクを漕ぐことにしました。

 

エアロバイクって移動するわけでもないので、漕いでる間暇なんですよね。
ですので、ここ一年半くらい読めていなかった小説を再び読み始めました

 

そうしたら、結構気分が晴れるような感じを受けて思いました。
僕にとって小説を読むという事は、生活の一部やお風呂入る事と同列にしてもいい事なんじゃないかと。

小説を読む

 

小説家の道を再度気づかせてくれたメール

小説を読むという事が僕にとって生活の一部と言えると感じても、それだけでは小説家を再起するという事は欠片も思いません。

一度挫折しているので、小説家は選択肢に上がる事すらありませんでした。

 

ちょっと前からメールで相談みたいな事をして頂いてる方がいるのですが、その方に本題とは別に「小説読み始めた」事と「中学・高校時代は小説家が夢だった」という事を添えて送りました。

 

返信には小説の部分を拾っていただいて「小説家もう一度目指したらいいんじゃね?」的な事を頂きました。

本題の方はおまけ扱い的で!?(笑)

 

※実際にはもっと丁寧かつ親切に頂いています。

 

閃き

 

返信を頂いて驚きつつ悩みました。
これで、先行きが変わるかもしれないので慎重に長い時間をかけて考えました。

 

 

……

 

………

 

時間は流れ、メールを見てから一時間経ち、二時間が経過しようとした時、決断しました!

 

もう一度小説家目指そうと!!

 

日常的に物語を考えている

考える時間短くね?という突っ込みが聞こえてきそうですが、二時間足らずで思ってしまったので仕方ありません。

 

考える

 

小説家の道を考えていた時に頭をよぎった事の一つに日常的に物語を考えている事があります。
考えている物語の内容は様々ですが、二次創作的に読んだ本の派生を考えていたり、思いついたネタでこんな物語を…と考えています。

 

時には歩きながら、時には電車に乗りながら、時には自転車に乗りながら、時にはお風呂に入りながら、時にはかい(以下自粛)

 

よく隙間時間の有効活用って言いますけど、私にとって本当の意味での何もしない隙間時間なんて殆ど存在しません。
本を読んで隙間時間の有効活用を実践しましたが、ストレス以外の何物でもありませんでした。

 

他にも色々ありますが、僕にとって日常的に物語を考えている事は呼吸するようなもので、呼吸を取り上げられたので息苦しくなってしまいました
そう考えると僕にとって物語を作るという事を職業にするのは天職なのではないのかと思い立ちました。

 

小説家への思いの変化

小説執筆

 

小説家になる事は昔は職業として周囲に認めさせるために必要な事でした。
憧れの要素も強くあり、実際に小説家になった後何をしていくという自分の生き方としては全然見つめられていませんでした。

 

昔は自然と本を読んでいて小説家になりたくなったと思っていました。
その為、そんなに強い思いは無く自分の小説で誰かの助けになれば嬉しいくらいで、それよりも小説家になるという事しか考えていませんでした。

 

つまり、小説家になる事が終着点でした。
運よく早い段階で小説家になれても、燃え尽き症候群になって消えていった可能性も少なくないのではと今は思っています。

 

そんな高校生だった少年も30超えたいい大人になって再び小説家を目指す事を考えると、小説家という肩書きよりも他の思いがある事に気が付きました。

 

ぼんやりと人の助けになればと以前は思っていたのですが、どうしてだったのか明確になりました。
力をつければ憧れの人との共作という事もありますし、ゲームシナリオや映画の原作に指名をされるという展開も望めるというデビューしなければ望めない事もあります。

 

また、伝統芸能等が途切れない為の手助けや僕に関わった人への恩返しができると思いました。

 

長年、手助けや恩返しという事を考えていました、自分に何ができるのかと…。
恩返しというと家族や親族、恩師等が一般的に頭に浮かぶと思いますが、僕が言っているのはそういう人ではありません。
元々無関係でたまたま関わった人生の恩人と思っている人です。

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どういう人か二つの例を挙げます。

 

僕が店長と呼んで慕った人

店長

自分の店を持っていたのではなく、病院内にあるレストランで雇われていた方です。
店長は元々球団に所属していて一軍にはならなかったと聞いていますが、体育会系の実力社会に生きていた人です。

 

僕は大学時代にたま~に食べに行っていました。
からあげが評判で親戚もそこら辺のより美味しいと言っていました。
ちなみに入院したら病院食の代わりにからあげ食べたいとか言ってたら、二十歳でマジで入院するというコントのような事を起こしました。
当然のように病院食としてからあげを要求したら店長から駄目だと言われました。
アホな事してますけど、そう言ってしまうほど美味しいんです…。

 

人見知りの僕はレストランに入っても頭を下げて席に座る人間でした。
まあ、店長に怒られまして(笑)
ちゃんと声出して挨拶しろと、何度か言われていると怖くなってきて足が遠のきました。

 

足が遠のきつつもからあげ美味しいので、ビビリながらまた行ってしまいます。
そんなある日店長から「挨拶は元気に言われて嫌なやつはいない。だから、恐れずに元気に言え」と言われました。
僕はこれを名言だと思っています。

 

挨拶

 

それからは、僕の挨拶の仕方が変わっていきましてある日に店長から挨拶のOKが出るようになりました。

 

会社勤めを数社経験し、企業間派遣先でもあいさつについて褒められました。
僕はSE業界の人間で、企業間派遣は派遣会社にいたわけではなくてソフトハウスに在籍しながら先方の企業に行っていました。
業界の方でしたら、SESと言えばどういう形態か分かると思います。

 

え?挨拶って当たり前の事が恩って思いますか?
挨拶をしろっていうのは学校で言われますが、その事についてちゃんと言ってくれた人はいませんでした。
そのおかげで人見知りでも、人に話しかけれるようになりました。
挨拶をただするんじゃなくて、ちゃんとするっていうのは思っているよりも大事な事です。

 

挨拶一つで人生が変わる事もあると感じています。

 

ちなみに途中で店長は別の人に変わってしまいましたが、同じレシピ使ってるはずなのに味は激減しました。
周囲の評判も悪く、色々な事を考えながらやってたんだろうなと思いました。

 

教えてくれたことは挨拶だけですが、僕は店長をスゴイ人で恩人だと思っています。

 

漆塗りを特別にしてくれた人

漆塗りというと石川県の輪島の伝統芸能です。
この方は作家で鬼平さんという名前で故人です。

 

8年くらい前に輪島を訪れた際に漆塗りの体験をしました。
体験した部分は陶芸でいう絵付け体験の部分です。

 

漆塗り

 

体験場所は高い漆器が置かれている中にあったのでビビりながら伺っていると「時間があるなら、やっていかないか」と声をかけられました。
挨拶しろよというのはごもっともなんですけど、話しかけたら壺的な物を買わされるんじゃないかとビビってました。

 

店長に言ったら怒られたかもしれません。

 

当然ながら壺的な物を買わされる事もなく、体験の際も丁寧に教えて頂きました。
体験後も人が来ないので色々話を聞かせて頂き、ご自分がコンセプトにしている題材についても話を聞かせて頂きました。

 

職人というのは頑固で偏屈というのが、イメージがありました。
たまに気になるものの体験はするのですが、片手間のような感じで教えて頂ける事が多いので親切に教えて頂けたのは意外でした。

 

忘れてしまっている事も多いのですが、漆塗りに対して強く興味を持った気持ちだけはずっと残っています。

 

つい先日輪島を再訪しました。
もしかしたら再度会えるかなという淡い期待もありましたが、故人だという事を知らされとても残念です。
僕よりは年上ですが若い方だと思っていました。
作家で情熱をかけて行っていたので若く見えたのかもしれません。

 

名前は先日知ったのですが、特定できたのは鬼平さんがテーマにしていた事を覚えていたからです。
また、色々と話を聞いていたら工房の案内をしてくれました。
皆さん鬼平さん同様で丁寧に説明をして頂いて、漆塗りへの興味が深まりました。
後でメモらなかった事を後悔しました。

 

漆塗りを自分で作れるようになりたいとも思いますし、文房具や家具を漆塗りにしていきたいとも思いました。
漆塗りは育てるモノという言葉も聞いており興味は強くなる一方です。

 

こういう興味が出たのも「時間があるなら、やっていかないか」と声をかけて頂いたことが始まりです。

 

石川には金箔もありますが、昔に体験をしていますがこういった興味は出ていません。
どういう方に体験で教えて頂ける方というのは、その後その事に関わっていくかどうか分水嶺になると考えています。

 

分水嶺

 

それを良い方向に与えて頂いた鬼平さんは恩人です。

 

僕の恩返し

他人からみれば大したことない事でしょう。
本人たちからすれば当たり前の事をしただけかもしれません。

 

しかし、僕の考え方や行動に影響を与える事をして頂きました。
恩返しは何があるのかずっと考えていました。
小説やエッセイとして他の人に伝えていく事、これが恩返しだと思い立ちました。
こう思ったのは年齢を経たからこそ辿り着けたことです。

 

自分のやりたい事、与えたい事、恩返し、日常生活等を考えていくと小説家になるという事は僕の天職だと思えてなりません。

 

「夢見すぎ」とか「年齢見ろ」と思う方もいるでしょうが、小説家を目指す事は殉じても後悔しないと思えるだけの事があります。
むしろ、目指さなければ確実に後悔します。

 

そう思ったら、もう一度目指すしかないじゃないですか。

 

まとめ

僕が小説家を再度目指そうとした理由を紹介しました。

 

たまたま、メールでやりとりしている方がいて気づくことができました。

人と話す事で発想が広がるという事が言いますが、体感した気分です。

 

約15年という期間において小説家になりたい理由は深く気づくことができましたし、増えています。
小説家になりたい理由は、もっと簡単な事もありますが強い所は自分の書いた事で人を助けになる事、人の心を動かしたい事、恩返しをしたい事です。

自分の生きがいとなる事は小説を通じて行う事だと分かったので、今度は折れないと思いますし折れるつもりはありません。

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初めまして、洋紅色(ようこうしょく)と申します。

一度諦めた小説家の夢を再度33歳から目指す事をしています!

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